《ウザとデマス》

 

  留学中に学んだ三つの学校の一つは、神さまの絶対主権という教えを説くことに

極めて強い学校でした。  信仰を持った者はその信仰を失うことなどあり得ない…と

説く学校でした。  ヨハネ傳6章37節は、そのような聖書解釈を支える箇所の一つと

してしばしば用いられていたのを覚えています。

 

  このような教えに対して、最初と最後に学んだ学校では、むしろそのような極端な

聖書解釈に対しては懐疑的で、たとえイェスを救い主とする信仰を得た者であっても

その信仰を失う可能性は充分にある…と、そのような教えを学生に語っていました。

たとえばヘブル書6章4節~8節がその根拠として用いられていました。

 

  聖書が開かれた書物である以上、人がいろいろな解釈を加えることは可能ですが、

どちらであれ、その一点だけを強調し過ぎて、聖書全体が何を語ろうとしているのか

を軽視したり無視すると、極端な教義を人間は作り上げ、それを守ろうとする伝統を

築き上げてしまうようです。  留学中の諸体験からそのことを充分に学びました。

 

 

  ヘブル書6章4節~8節の警告もそうですが、主イェスご自身がマタイ傳13章や

マルコ傳4章3節、亦そしてルカ傳8章5節以下で「種蒔きの譬」を用いて語られた

ように、せっかく福音の貴い種が蒔かれても、実を豊かに結ぶ種は少ないようです。

 

  使徒パウロや、ルカ傳と使徒行伝を書いた医者のルカと一緒に組んで、すなわち、

彼等と一緒に同じ軛クビキ を負って神さまのために働いた同労者の一人にデマスという

男がいました。

 

  使徒パウロの働きが、その後のキリスト教の発展にどれだけ寄与したのか、これを

計り知ることができません。  それと同様に、ルカ傳と使徒行伝を書いたルカ博士は

新約聖書の四分の一の量を書き残したわけですから、その書き残した書き物の影響を

私たちはどのように評価したら、これも私たちの理解を遥かに越えて莫大でしょう。

 

  この二人と一緒に働いていたのがデマスでした。  それですからデマスという男は

その後の世界の在り方を大きく左右することができたかも知れないような大きな働き

をしていた人物だったと私は憶測するのです。

 

  なお、「軛を負う」ということの意味は去る6月20日にご一緒に学びましたように

「一つの師弟関係に入る」という意味です。  マタイ傳1128節~30節でイェスさま

がおっしゃっているのも、そのような意味だと思います。

 

  デマスは現在のトルコあたりに存在していた初代原始諸教会の間ではよく知られて

いた人物であったようですが、使徒パウロが2回目の投獄生活を強いられている最中

に、何と「この世を愛し、同労者パウロを見捨て、立ち去ってしまった」のです。

 

  (本来、夫婦の関係においても、親子関係においても、兄弟姉妹関係においても、

また、同じ信仰を抱く者どうしの間においても、同じ一つの軛を負うということは、

デマスのようにいとも簡単に、自分の都合だけで解消できるとか解消するというよう

な性質のものではあり得ないはずだと、そのように私は思うのです。)

 

  コロサイ書4章14節、ピレモン書24節、そしてテモテ後書4章10節にデマスの名が

記されており、聖書が存在する限りデマスの名前は残りますが、デマス自身はその後

どうなったのかとなりますと、それはやがて私たちが神さまから直接お話を伺う以外

にわからないことです。  聖書に名を記された人物が捨教して行ったのは事実です。

 

  ロマ書12章1節~2節で使徒パウロは「この世と妥協するな」「この世に倣うな」

「この世と調子を合わせるな」sun + schematizo  と警告しています。  「可視的面

なもの」「外的なもの」「見せかけのもの」「偽装」と一緒になるな、従うな…など

の意味です。  パウロと行動を共にしていたデマスにもこの原則は充分に理解されて

いたはずだと私は思うのです。  しかし結果的にデマスは背教・捨教したのです。

 

  創世記3章の有名な物語の中で、蛇がエヴァに語った誘惑に耳を傾けたエヴァには

その誘惑の言葉が「食べるに良く、目に美しく、賢くなるには好ましい」ように思え

た…と5節~6節は語っています。

  ヨハネ第1書2章16節にも「すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、

持ち物の欲は、父から出たものではなく、世から出たものである。  世と世の欲とは

過ぎ去る。  しかし、神の御旨を行う者は、永遠に永らえる」と記されています。

  使徒パウロや医者ルカと共に一つの軛を担い、神の国のために行動を共にしていた

デマスでしたが、自分自身の霊魂とその行き先に関して、永遠に極めて不幸な結果を

自らの選択で選んでしまったようです。

 

  このように、デマスもまた、福音の善い種を頂きながら、最後まで堪え忍ぶことが

できなかったのです。  上記ヘブル書6章の聖句が現実的な警告として私には迫って

来るのです。  皆さんはどのようにお考えになりますか?

 

  ヨシュア記2414節~15節でヨシュアは私たちに問いかけて勧めています。

  『今日あなたがたがは誰に仕えるのかを選びなさい。  ただし私と私の家族は共に

主なる神に仕えます』…と。  この決意を最後まで堅持することが大切です。

 

 

 

  ウザという人がおりました。  アビナダブという人の息子でした。

いろいろないきさつがあった神の箱をウザたちがエルサレムに移転しようとしていた

時に、牛がよろけて山車に積載してあった神の箱がずり落ちそうになりました。

  傍に付き添って歩いていたウザはその時、思わず神の箱に手をかけ、神の箱が地面

にずり落ちるのを防ごうとしました。

 

  付き添い人として当然の責務を果たそうとしたまでだと、そのように私たち読者に

は読める箇所です。  しかし、そのことが「馴れ馴れしい僣越な行為」として神さま

の目におそらく写ったのではないのでしょうか。  ウザはたちどころに彼のいのちを

奪われるという処罰を受けたのです。  サムエル後書6章4節~8節と歴代志略前書

13章7節~14節にはそのように書かれています。

 

  サムエル前書7章1節~2節によりますと、主の箱はアビナダブの家に久しく安置

されていたようです。  それをダビデの命令で「エルサレムに移動せよ」となったの

です。  そこでウザは、兄弟アヒヨと共に、神の箱を新しく準備した台車に乗せて、

山頂にあったアビナダブの家からエルサレムに向かって運ぶ途中であったのです。

  アヒヨは山車の先頭に立って誘導し、ウザが神の箱の傍に連れ添って歩いていたの

です。

  その間、ダビデとイスラエルの全家は琴と竪琴、手鼓と鈴とシンバルをもって喜び

歌ったと聖書は語ります。  力をきわめて主の前で踊ったと記されています。

 

  そのような大きな喜びのお祭り騒ぎの中を、神の箱を乗せた山車を牛が曳いて行進

して*ナコンの打ち場にさしかかった時に牛の脚がよろめき、神の箱がずり落ちそう

になったのです。  *(歴代志略前書13章9節では「キドンの麦打ち場」と書かれて

あり、共に場所を特定することは不明。  麦打ち場の所有者の名前かも知れない。)

 

  結局、少なくとも20年もの長い間、ウザは自分の父の家に安置されていた神の箱を

毎日毎晩いつも見慣れていたために、観念的、また形式的には神の箱であるとの認識

を抱いて常日頃から接していたのでしょうが、長期化して形骸化した礼拝行為の日常

反復行為によって、神の箱に対する畏敬の念を完全に失っていたものと推測します。

神の箱をただの「モノ」として見るようになっていたのではないかと思います。

 

  畏敬の念を欠き、礼拝儀式、可視的面での礼拝行為だけが繰り返されていたので、

「モノ」がずり落ちそうになった時、何の躊躇なく、神の箱に手をかけたのではない

かと私は推測します。  その「慣れ・馴れ馴れしさ」というものを神が忌み嫌われ、

処罰されたのではないのでしょうか?

 

  出エジプト記20章に書かれてあるモーセの十戒の最初の部分には神に関する厳しい

掟が記されています。  神の名前すら口に出すことが戒められていました。

  余りにも長い間に亙って神の名を口にすることを怖れ控えていたイスラエルの民は

神の名が Yahweh ヤハウェだったのか Jehovahエホヴァだったのかすらもわからなく

なってしまったと言われています。  最近の研究では、エホヴァを避けてヤハウェと

読むほうが妥当だとされているそうです。

 

  また、聖書を写本する時に、写本する者は神の名が出て来るたびに沐浴・みそぎを

し、着衣を新しい物と取り替えたと聞いています。  たいへんなことでした。

  それほどまでに神に関するものに接する時に細心の注意を払っていたようです。

神に関する事柄を扱う時にはそのように極度の敬虔さが求められていたのでしょう。

  しかし、それでも反復して儀式化するとそのような行為すらが形骸化してしまって

心からの畏敬の念を失ってしまうという危険性があるのです。

 

  私たちの日曜日の朝の公同集会に於いても、これらのことを肝に銘じておく必要が

あると思います。

  ガラテヤ書5章4節には「キリストから離れ、恵みからおちる」という表現があり

ます。  キリストへの「初恋」を忘れ「初心」を忘れ、いつの間にか「教会ゴッコ」

「ハレルヤ・アーメン・ゴッコ」に陥ってしまったままの私たちに対する警告のよう

に私には思えるのです。 オウムでも仏さまでも良いのじゃないかとすら疑います。

  このことは、主の食卓=聖餐に与る厳粛な場であれ、主の恩寵を誉め称えて讚美す

る時であれ、祈りを捧げる時であれ、常に留意しなければならない点だと思います。

 

  「信仰を捨てる」とか「捨てられる筈はない」などを、前述のヨハネ傳6章37節の

聖句やヘブル書6章4節以下の聖句で、神学論として論じるということではなくて、

デマスやウザの実例から照らし合わせて見ても、イェスへの私たちの信仰の度合い、

キリストの恩寵への感謝の度合いというものがどのようなものであるのかを、絶えず

自ら確かめる必要があると、そのように私は思うのです。

 

  豊かな恩寵を味わった者として、この自分自身も、自分の家族の一人一人の信仰と

いうものも、エクレシアに集う者どうしとしても、お互いに良い信仰の道を共に同じ

軛を担って歩んでいる者たちどうしが、デマスのように「この世を愛して」イェスの

恩寵から離れ落ちることのないように留意する必要があると思うのです。

 

  福音の良い種を神が私たちの心の中にせっかく蒔いて下さっても、自分自身が自分

の信仰の土壌が石地なのか、茨や刺が覆っていそうな地なのか、太陽熱ですぐに焦げ

ついてしまうような土地なのか、空の上で私たちを襲おうと絶えず熟視し続けている

鳥=サタンの目にどのように写っているのか…これらを私たち自身がよく見極めて、

自分の魂の中に植えて下さった福音の種を、救いに到る種を、終わりに到るまで固く

守って堪え忍ぶように心がける必要があると思います。

 

  「救いを失うことがあり得るのか、そうではないのか」などという神学論争をする

ことではなくて、サタンを相手にした日々の戦いとうものが、罪の力というものが、

実に深刻で、現実的で、実際的なものであるということを、お互いに強く肝に銘じて

おきたいと思います。  主の食卓に与る時にこれらのことを改めて覚えましょう。