=ある老人とイェスさん=

 

 

      《以下は50年近くも前の留学時代に聞いた話だったと思うのですがc》

 

  ある老人の孫娘が村の教会の若い新任牧師の事務所を訪ねて来て言いました。

『牧師さん、私のおうちに来て病気のおじいちゃんのために祈って欲しいんですが』

 

  牧師がおじいさんの部屋を訪れた時、おじいさんは寝台に横になっていました。

枕を二つ重ねて頭だけが高くしてありました。  右側には客人用の椅子が一つ置いて

ありました。  若い牧師は椅子を見て『ははん、私が来るのを知って用意してくれた

椅子だな』と思いました。  牧師は『エヘン』と咳払いをして眠っていたおじいさん

を起こしました。  『私をお待ちだったんでしょう?』と牧師は老人に言いました。

  『?、あんたどなた?』とおじいさんはいぶかしげに尋ねました。

  『あぁっ、私ですか?  私は今度赴任して来た新しい牧師です。  この椅子が用意

してあるのを見て、あなたが私を待っていて下さったんだと思いましたがc』

  『あぁ、この椅子の事かね。  あんたのためにじゃないよ。  とにかく、すまない

が、そこの戸を閉めてくれんかね?  そしてそこに坐って』

 

  『戸を閉めるんですか?  ハイッ、それじゃ閉めます』c戸惑いながら新しい若い

牧師は戸を閉め、それから椅子に坐り、おじいさんが話をするのを聞き始めました。

 

  『実はな、あんたに私がこれから言う事を誰にも話しちゃいないんだよ。  家族の

誰にも喋った事がないんじゃよ。  それはな、私はこの年になるまで、一度もお祈り

をした事がないんじゃよ。  そりゃ、教会で、前の牧師さんが祈りに就いて話してい

たのを聞いた事があるにはあるが、右の耳で聞いても、すぐ後で左の耳から出て行っ

てしまうんでな、どうやってお祈りしたらよいのか私にはわからんのじゃよ』

 

  『そんでな、私ゃお祈りしようとするのをとうとう止めてしまってたんだよ。

そしたら、今から三、四年前に、お隣のジョーが訪ねて来てくれた時にな、お祈りを

したいのなら、椅子を一つ用意するといいって教えてくれたんだ。  そしてジョーは

私にこう行ったんだ。  「イエスさんにお祈りするって事は、それは、イエスさんと

面と向かってお話するって事なんだ。  だから、用意した椅子にイエスさんが坐って

いると信じて、まいにち毎日、イエスさんに何でもいいから話しかけてみろ」って、

そんなふうにジョーが教えてくれたんだ。  どうだい、それで良かったのかい?』

 

  『それで、それ以来、私はな、必ず戸を閉めてから、毎日からっぽの椅子に向かっ

て二、三時間話しかけているんだよ。  必ず戸を閉めてからイエスさんに話をするん

だよ。  それで、私はな、それ以来、イエスさんがそこにいると思って、いろいろと

話しかけているんじゃよ。  ちょうどそれは、あんたがそこに坐っていて、私が話を

しているようにな。  そうすると、けっこう楽しいもんだって分かったのさ』

 

  『どうして戸を閉めるかって事だけれど、それはな、そうじゃないとな、からっぽ

の椅子に向かって私が何やらぶつぶつと話している姿をだな、もし家族の一人が見れ

ば、私の頭がとうとう狂ったと思って私を病院に入れるか、そうじゃなきゃ幻想でも

見たんじゃないかと思って、きっと彼らが医者んとこに相談に行くだろうからな』

 

  おじいさんの、楽しそうで熱心に話すこの話にすっかり心を打たれた若い牧師は、

『おじいさん、これからもどんどんイエスさまに話をして下さいね』と勧めました。

そして、牧師はおじいさんの手を取って一緒にお祈りをしてから教会に戻りました。

 

  それから二日して、『おじいさんが死んだ』と家族から牧師に電話がありました。

『穏やかに亡くなったんでしょうか?』と牧師は訊ね、『これから伺います』と言っ

て電話をきりました。

 

  おじいさんの娘で、孫の母親が牧師を迎えに出ました。

  『今日の午後2時に私が買物に行く前に、おじいさんに「買物に出かけるわよ」と

耳元に告げると、おじいさんは「気をつけて行っておいで」と静かに答え、更に私に

「アイ・ラブ・ユー」と言ってくれて、ホッペにキスをしてくれたんです』

  『3時に戻って来たら、おじいさんは死んでいました。  だけど、不思議なんです

が、苦しんだ様子も見られなかっただけじゃなく、おじいさんはね、寝台脇の椅子に

上半身を投げ出して、何かにより頼っているような姿で安らかに死んでいました』

  『牧師さん、これ、一体全体、どういう意味だったんでしょうね』

 

                  大粒の涙を拭きながら牧師が呟きました。

    『みんな、おじいさんのように死んで行く事ができたらいいのになぁc』

                    民数記2310節後半部をお読み下さい!