番号案内お願いしますInformation Please                    インフォメーション、 プリーズ

  僕がまだ幼児の頃でした。  近所の家々にまだ電話がなかった時に父が電話を設置

しました。  ピカピカ光った「電話機」という木箱が取りつけられました。  箱の横

に黒い筒がぶら下がっていて、箱とは電線で結ばれていました。  僕は背が低かった

ので触りたくても触ることは出来ませんでしたが、母がその箱に向かって楽しそうに

お喋りをしているのを不思議そうに見ていました。  その箱の中には誰かがきっと

住んでいるのだと信じていました。  箱の中の人の名前は *Information Please

でした。  母は箱に話しかける前に必ずそう言っていました。 インフォメーション・プリーズ

  幼い私にはそれが「番号案内お願いします」の意味だなんて知りませんでした。

 

  ある日、父も母も留守だったことがありました。  そっと地下室に降りて行った僕

は父の工具箱を開けていたずらをしていました。  そして金槌で思いきり自分の指を

叩いてしまいました。  それはそれは痛いなんて言うものではありませんでした。

大声で泣き叫びましたが誰も家にはいません。  泣きべそ顔で指をしゃぶりながら僕

は階段を登り台所にやっとの思いで到着しました。  そこには例の不思議な箱があり

ました。  母がよく話しかけている友人「インフォメーション・プリーズ」 さんが中にいる筈です。

 

  台所の椅子を引っ張って来て、その上に登り、母がいつもやっているように受話機

のフックをはずし、耳に受信機を当て、僕の頭の上の方にある話し口に向かって大声

で「インフォメーション・プリーズ」と叫び、箱の中に住んでいる母の友達を呼びま

した。  カチッ、カチッという音が二度ほど聞こえた後で、「インフォメーション」

(注「こちら案内ですが」の意)という女性の声が聞こえました。

 

    『ママのお友達の「インフォメーション」さん、僕、お指が痛いよっ!』

          『どうしたの、坊や、おうちに誰かいないの?  ママは?』

          『誰もいないよっ』と僕は泣きべそをかきながら答えました。

 

  『どうしたの?』  『パパが、いけないって言ってたんだけど、地下室の工具箱を

いたずらして、金槌で指を叩いたんだ。  とっても痛いんだよっ』と泣きました。

  『血が出ているの?』  『出てないよっ』  『それじゃね、こうしましょう。

  冷蔵庫を開けられる?』  『うん、開けられるよ』  『氷を取り出して割るの。

  割った氷を指に当てて冷やすのよ。  わかった?』  『うん、やってみるよっ』

 

    それからというものは、何か困ったことがある度に、僕は箱の中に住んでいる

「インフォメーション・プリーズ」おばさんに語りかけ、質問をし続けました。

  小学1年になって、フィラデルフィアがどこにあるのかわからなかった時も、箱の

中に住む「インフォメーション・プリーズ」おばさんに尋ねて教えて貰いました。

  算数も教えて貰いました。  森の中で捕まえて来たチップモンク(縞栗鼠シマリス)が

ナッツ類や果物を食べることも教えて貰いました。

 

  小学校低学年生のある日、ピートと名付けていたペットのカナリヤが死にました。

「インフォメーション・プリーズ」のおばさんにカナリヤが死んだこと、悲しいこと

を話しました。  箱の中に住む親切な「インフォメーション・プリーズ」おばさんは

黙って僕の悲しみを聴いてくれました。  そして、その後で、大人が幼い子供を慰め

て言うようなことを語ってくれました。  でも僕は満足しませんでした。

  僕は「インフォメーション・プリーズ」おばさんに言いました。  カナリヤさんは

あんなに素晴らしい声で歌を歌ってくれていたのに、ある日、気がついたら、突然、

籠の底に落ちて羽の塊みたいに死んでた…。  これでは余りにも可哀想過ぎる…と。

 

  箱の中に住むおばさんは僕の悲しみをやっと理解してくれたようです。  『坊や、

ピートにはねっ、歌わなければならない《  もう一つの別の世界がある  》のよ』と

優しく説明してくれました。  幼かった僕はその説明で満足し、安心したのです。

                                                              ツヅ

  ある日、「インフォメーション・プリーズ」おばさんに話しかけて綴り方を尋ねま

した。  fix がわからなかったのです。  発音どうりなら ficks  だからです。

  こういう会話が箱の中に住む「インフォメーション・プリーズ」おばさんと9歳の

時まで続いていました。  そして父の仕事の都合で太平洋側のオレゴン州から東海岸

のボストンの近くの小さな町に移りました。  しかし、おばさんが恋しかったです。

「インフォメーション・プリーズ」おばさんは、あの古い四角な箱に住んでいたので

す。  新しい町の全自動式電話機に対し僕は何らの関心も興味もありませんでした。

 

  やがて僕は東海岸で中学生から高校生へと成長して行きましたが、幼い頃の想い出

は、特に「インフォメーション・プリーズ」おばさんとの想い出は決して忘れること

がありませんでした。  あの、心に深い平安を与えてくれた想い出を、僕は決して

忘れ去ることはできなかったのです。  誰も知らない僕だけの大切な想い出でした。

  あの当時の、あの電話交換手が、幼かった僕に示してくれた、あの忍耐力と愛情と

智恵と励ましを、どうして忘れることができましょうか。

 

  それから何年かして、僕は西海岸の大学に転入学することになりました。

飛行機がシアトルに着陸した時、乗り換え時間が2時間ほどありました。  姉がその

近くに住んでいたので15分ほど電話をしました。  その後で、どうしてそうしたのか

僕にはよくわかりませんでしたが、無意識の内に、昔住んでいた小さな町のダイヤル

を回し、番号案内係を呼び出しました。  「インフォメーション・プリーズ」です。

 

    そうしたら、何と、あの聞き慣れた優しい女性の声が聞こえて来たのです。

            『インフォメーション。  メイ・アイ・ヘルプ・ユー?』

        (注「こちら番号案内ですが、何かお手伝いできますか」の意)

    僕はとっさに『フィクス ficksの正しい綴り方を教えて下さい』と答えました。

                                    ツヅ

      長い、長い沈黙が続いた後で、ようやく彼女の答えが返って来ました。

      『お指の痛いの、どうやら、やっと治ったようねっ、トム坊や』と…

  僕は爆笑しました。  そして言いました。  『やっぱりあなただったのですね』

『あなたは僕の人生にどれほど大切な人なのか、おわかりになっていらっしゃらない

でしょうが、本当にどれほど感謝しても感謝しきれるものではないのです…』

 

      今度は「インフォメーション・プリーズ」おばさんが喋る番でした。

『トム、私こそあなたに感謝しなけりゃいけないのよ。  私ね、子供がいないのよ。

          だから、あなたの電話をいつも楽しみに待っていたのよっ』

 

  僕は彼女に感謝しても感謝し切れるものではないことを今いちど述べた後で、姉を

訪問した後で、改めてもう一度ゆっくり電話してもよいかを尋ねました。

『エエ、勿論』と彼女は答えてくれ、彼女の名前がサリーだと告げてくれました。

 

      三ヶ月後に僕は再びシアトルに戻って来ました。  ダイヤルしました。

    『インフォメーション・プリーズ』と、今回は違った声が応答しました。

『サリーさんをお願いします』  『失礼ですが、彼女の親しいお知り合いですか?』

        『ハイ、昔からの、古~い、古~い、おつき合いの者ですが…』

 

  『そうですか、わかりました。  実は…サリーは、長く勤めた電話局を、身体を

  こわして退職し、ここ二、三年間はパート・タイムで働いていたのですが…、

実は…彼女、一ヶ月半ほど前に帰天してしまったのです…』

 

  衝撃を受け、言葉を失い、戸惑った僕は電話を切ろうとしました。  その時です。

『失礼ですが、あなたのお名前はトムとおっしいましたか?』  『ハイ、そうです』

 

  『実は…サリーからあなたへのメッセージがあります。  彼女ね、あなたのことを

気にしていましたよ。  トムという青年から電話が必ずかかって来るから、その時に

  伝えて欲しい…と言って、病床でメモを書いたのを預かっています。  今それを

お読みします。  いいですか。』  『ハイ、お願いします』

 

              トムから電話がかかって来たら伝えて欲しいこと…

    今でも、歌うための《  もう一つ別の世界がある  》って言ってくれれば

                    あの子は、きっとわかってくれるから…

 

  それを聴いてから僕は新しい番号案内係の女性に感謝を述べて、ゆっくり受話機を

電話機の上に置きました。  サリーの言いたかった意味を充分に理解したからです。

 

 

 

  《あなたがたは心を騒がしてはなりません。  神を信じ、また私(イエス)を

  信じなさい。  私の(天の)父の家には住まいが沢山あります。  もしなかった

  なら、あなたがたにそう言っておいたでしょう。  あなたがたのために私は場所

  を備えに行くのです。  私が行ってあなたがたに場所を備えたら再び戻って来て

  あなたがたを私のもとに迎えます。  私のいる所にあなたがたをもおらせるため

  です》      イエス・キリストのお言葉    ヨハネ傳14章2節~3節から