あなたはパウロがプリスキラに教えるなと言ったなんて考えられますか?

 

スコット・バーチィ

 

1世紀のクリスチャン指導者の中には印象深い女性がいたという事実に注意を促す者は誰でも、現代の女性解放精神に降伏したと責められそうである。私は、教会での女性の指導力、および結婚における協力関係の問題に関する自分の旅路が、第一義的に聖書のテキストそのものによって動機付けられ、導かれてきた事を正直に告白出来る。確かに、私達の文化にある特定の流行が、テキストの中で何がすでに明らかになっているのかを私に見やすくさせてくれた。他方、新約聖書の伝統的な読み方や広く行き渡っている教会での実践は、私に新約聖書のギリシャ語文献から何が明らかであるかを自由に認識させ、大胆に表現させる事をより難しくしている。結果として、21世紀における肯定的でも否定的でもない文化的要素が、新約聖書中の関連あるテキスト全てを私が考え始めた時に駆り立てられた見解の決定的要因となっている。それに沿って私に明らかになったのは、実に、初代クリスチャン共同体における女性の役割に関するいかなる満足いく議論も、その主題と関わりのある全テキストを理解しなければならないという点、又、この問題について記事を書いたり、講演する者の殆どが、単にたどり着いた立場が何であれそれを支持する聖書個所を提供することに失敗しているという点であった。

 

主題に戻る

 

ある人は私がこの主題に戻ってきたのは、私が第一コリント書7:2022に出てくる奴隷状態にあったクリスチャンに対するパウロの有名で分かりにくい言葉について博士論文を書いている時、第一コリント書7章と関連のある個所として真剣な釈義を始めたためだと言うかもしれない[1]。その研究から私が得た結論で下した二つの判断は、古代奴隷制度の学びから初期クリスチャン運動における女性の役割の探求へと私を導いた。

1)第一コリント書7章の主な主題は、論争的なクリスチャン男女関係である。パウロは性に関する適切な霊性の影響について、コリントの信徒から受けた質問に答えるという文脈の中でこの問題を議論している。この文脈の中で、召された時に奴隷であったクリスチャンへのパウロの助言は、この章の主たるポイントの一つを少しも議論する必要のない例証として機能している。

2)キリストにある男女についての論点を明らかにするために1コリント書7:1724にある奴隷制度と割礼というパウロの用い方は、前に言われていた奴隷と自由人、男と女、そしてユダヤ人とギリシャ人といった対になる絆から暗示されている。それらの対はガラテヤ書3:28に紹介されている伝統的洗礼の教えの中で述べられている。

  これら二つの見解に基づき、私は自問している自分を見出していた。それは、クリスチャンのバプテスマが、その中で「もはや、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである」〔口語訳/以下同様〕という結果をもたらすと教えられている中で、第一コリント書7章にあるパウロの教えが、読者に何を汲み取ってもらいたいのかという著者の意図をより明確に理解する手助けとなり得るのかという問いであった。私が読んだ多くの著者が、ガラテヤ書328でパウロは神に近づく上での男女の平等性を強調するつもりであったと言い張っていたが、パウロはクリスチャン男女間やクリスチャン奴隷所有者と奴隷の間における日常の社会的つながりの中で、バプテスマがいくらかでも変革に帰着すべきだとは決して結論付けていない(明らかにこれらの著者は、ガラテヤ書211-14をはじめとする多くの聖書個所がパウロの強い意思を明らかにしているように、パウロがユダヤ人と異邦人間の社会的関係が、クリスチャン・バプテスマの結果によって変わる事を期待していたのかどうか自問する事を忘れている)。

 

関連のある全聖書個所

 

  その時、1975年にテネシー州ジョンソンシティーにあるインマヌエル宗教大学院の学生夫人達から、夕方に初代教会における女性に関するクラスを教えてほしいという招きを受けて、私は新約聖書の中で関連のある全個所を見出し検討してみるチャレンジを受けた。新約聖書と一緒に、私達はリサ・スカンゾニとナンシー・ハーデスティによる新刊書「皆あるがままに」(今では第三版となっている)を共に読み、憤慨すると同時に混乱していた[2]。どうすれば、明らかに相反する文章が新約聖書の一部となりえたのだろうか。そして、その混乱は単に異なるクリスチャンのグループを対象に書いた異なる著者に起因しない。パウロがコリント人に書いた第一の手紙そのものの中に、矛盾があるように思われる。第一コリント書1434-35で、パウロは教会の集会では黙っているよう女性に命じている。しかしながら、第一コリント書115では、パウロはコリントのクリスチャン女性が祈り、預言している事を当然のこととしている。ここでパウロが考慮しているのは、クリスチャンの集会で女性が喋ることではなく、喋っている時の容姿であった。

  当時私は関連のある全新約聖書個所のために別々のカードを作り、4~6インチの大きさのカードに自分の研究を記録した。カードを積み重ねてみると、それは私が予想していたよりも高くなった。解釈上の見識、あるいは解決策さえ見出し得る内容や前後関係の類似点を見つけたい一心でカードを混ぜて切る程、私には沢山のカードがあった。クラスを終えたある晩、私は明らかな矛盾点をもう一度熟考するために、全カードを居間に広げようと決めた。すぐに、私の脳裏を掠めたのは肯定的であれ否定的であれ、多くの聖書個所が指導的な働きを担った女性を紹介している事であった。一種の尺度としてこの特徴を用いながら、私はカードを積み重ね始めた。驚いた事に、カードの山は事実上床に広げたものの半分以上を占めた。次に、私はクリスチャン女性が指導者の役割を果たすよう奨励していると思われる聖書個所を探したが、私が予想した以上の個所があった。それから、特に私に知らされていた非常に多くの諸教会の中で、それらの聖書個所に込められた強調点を考慮しながら、私は女性がクリスチャンを導くことをやめさせる個所を探したが、期待したものよりもずっと少ない数であった。

 

私の最初の試み

 

  これら三つの山を分類するために行った私の最初の試みで、私は何の解説もなしに指導的役割における女性が紹介されている聖書個所にg記述的hという言葉を使い、まるでそのような行為が「日常茶飯事」となったもののように捉えた。そのような個所は使徒行伝1826とローマ書161であった。使徒行伝によると、プリスキラ(最初に言及されている)とアキラは、雄弁で博学なアレキサンドリアのアポロを招き、「さらに詳しく神の道を解き聞かせた。」そして、ローマ書でパウロはケンクレア教会の奉仕者(dia,konoj)として認識していたフィーべを推薦している。

  二番目に大きな山を私はg規範的hと呼んだ。それは、それら聖書個所がg記述的h個所の中で、女性にとって普通の事とみなされる振る舞い(その振る舞いを受け入れる男性のあり方に対しても)へと導く教えを提示するという理由からである。この山の中では、有名な個所ガラテヤ書328同様、使徒行伝217-18や第一コリント書74-5のような個所があった。使徒行伝によると、神の霊は今や女性にも男性にも預言するように働いている。又、第一コリント書でパウロは相互依存と同意(su,mfwnoj)を支持し、結婚における伝統的男性支配を拒絶している。

  一番小さな山を私はg問題をはらむものhと呼んだ。それは、これらの個所が共通して持っていると思われる点がより広範囲な文脈だからであり、その中で特定の牧会上の問題が述べられているからである。例えば、第一コリント14章で問題となっている女性達は、コリントでは第三群の人達であった。他は預言者であり、パウロが「座って黙っていなさい」と命じた異言を語る者であった。そして、有名な個所第一テモテ書212、「女が教えたり、男の上に立ったりすることを、わたしは許さない」は、g偽りの教師hの活動と影響に対してどのように答えるかについて幅広い教えを与えるために書かれた手紙の一部である(第一テモテ書13-7を見よ)。

  これらの発見を1978年に出版してから、ある人々の間で私の三つの分類が光よりも熱を生み出した事を私はすぐに学んだ[3]。ある応答者がこう言ったように。「あなたはガラテヤ書328や他の23箇所がg規範的hと考えるかもしれない。しかし、私は新約聖書全体が規範的だと考えるから、あなたの論法を拒まなければならない。」他者はこう書いた。「第一テモテ書212は、この若き学者にとってg問題をはらむものhかもしれないが、それは明らかに私にとって、あるいは教会の歴史における殆どのクリスチャンにとって問題ではない。バーチィは彼が個人的に好まない個所を問題だとみなしている。」このような応答は私がまだやらなければならない務めがある事を明らかにしている。少なくとも、g記述的h分野においては誰も問題ないように思われる。このグループの聖書個所が、私が新約聖書から取った例を考慮した時と同じように他者が真剣に考慮されたかどうかは分からないし、その点が注意されるべきではあるがc。これらの記述が直接的命令の形ではなかったという事実は、ある聖書読者にとっては興味が薄れ、権威の薄れるもののように見えたと思われる。

 

製作板にもどして

 

  とにかく、私にはっきりしていたのは、私の分類を「製作板にもどさ」なければならないということであった。好意的な読者同様敵意を抱く読者と共にこれらの問題を話し合う機会を何度も持った後に、私はより誤解されにくいと思われる用語法にたどり着いた。つまり、それは教育的、記述的、そして矯正的という分類である。そして、各分類の内容は、根拠のない、あるいは文化的偏見のある中では決して決められない。その論理は単純で次のようなものである。g教育的h分野に入る聖書個所は、g記述的h個所に出てくる女性の問題なき振る舞いへと導く個所である。g矯正的h分野に入る個所は、もしこれらのg矯正的hテキストがあらゆる状況下において全てのクリスチャン女性に有効だと理解されるのであれば、g記述的hテキストの中で明らかにされている女性の行動を禁じるテキストである。もしこれらのテキストが初代教会の全ての女性にとって規範的なものとみなされるのであれば、私達はフィーべ、プリスキラ、ユウオデヤ、スントケ、ユニアスや他の女性達について、とにかく否定的意味合いだけで判断してしまうだろう。言いかえるならば、あなたはパウロがプリスキラやフィーベに女性が男性を教える事は原理的に不適切だと言っていると考えられる。パウロがコリントで彼女やアキラと共に相当の時間をついやした点を述べたすぐ後に、雄弁で博学なアポロを教えたプリスキラを紹介している以上、ルカは否と返事せねばならないだろう。そして、一般的な指導的役割、つまり男女の指導者としての役割の中で、パウロが多くの女性に言及している点と照らし合わせると、パウロも否と返事せねばらならいだろう。

 

g記述的hテキスト

 

  私がg記述的hテキストは他を分類するために決定的なものであると強く主張してきた以上、今はそれらのテキストについてより詳しく見る時である。

  1.フィーベ、コリントの東にある港町ケンクレアの教会で仕える者(dia,konoj‐第一コリント書35で、パウロが自分やアポロを指して使った用語)。又、パウロ自身を含む多数の者が頼りにした援助者(prosta,tij)。伝説によると、彼女はローマにいるクリスチャンへのパウロの手紙を運んだ人物であり、故にパウロの難解な議論の意味についてコメントを求められた最初の人物である(ローマ書161-2[4]

  2.プリスカ(プリスキラ)、知的に洗練されたアレキサンドリアのユダヤ時代から、すでに十分教育されていたアポロの教師。ルカによると、彼女とその夫アキラはちょうどコリントでパウロから上級教育を受けているところであり、それは彼らが雄弁家アポロに自分達の習ったこと用いて教えるチャレンジに満ちた機会を与えようとしていた時であった(使徒行伝181-28)。

  3.ユニアス、彼女をパウロは使徒と呼んでいる。それは彼が自分のために使う同じ名称であり、実にパウロは彼女の夫(おそらくは彼女の兄弟)アンデロニコと共に彼女の事を「使徒たちの間で評判がよく」(ローマ書167)と言っている。彼女はどんなに素晴らしく励ましに満ちた指導者であったことだろう。彼女を男性とみなすことによってこの女性が隠されてきた何世紀にも及ぶ努力、それは「身内」と訳せる包括的ギリシャ語を「男子の親類」と誤訳した事も含むが、その努力は近年、先代の原文歪曲であるとして決定的に暴かれた[5]

  4.ユウオデヤとスントケ、ピリピのクリスチャンにとって重要な指導者。パウロはこの女性達を彼の「同労者」と見なしている。彼らは「福音のためにわたしと共に戦ってくれた女たち」である(ピリピ書42-3)。

  5.ヌンパ、コロサイにある彼女の家で開かれた教会の指導者(コロサイ書415)。

  6.イエスの復活後、ペンテコステの日に聖霊による預言の賜物を受けた女性達(使徒行伝217-18)。もしペンテコステの日に集まった預言する120人の中に女性が誰一人含まれていなかったら、ルカがペテロの発言に(預言の更新について語る他の旧約聖書個所よりも)ヨエル預言を引用したことは、大いに不適切である。この個所ではヨエルによって二度も男の上にも女の上にも聖霊の働きがあると言及されているのだから。実に、ペテロの説教の中で、ヨエルの言葉は神の男「奴隷」と女「奴隷」の両方による預言を強調するために、18節の中でより詳しく述べられている。

  7.残念ながら名前が述べられていないが、カイザリヤでパウロが訪問した伝道者ピリポの預言する4人の娘(使徒行伝218-9)。使徒行伝2章で報告されている出来事に照らし合わせて、ルカは明らかにそのような女性クリスチャン預言者が存在する事を認めている。ルカは説明なしに彼らに言及している。

  8.コリントの預言者の中にいた女性達(第一コリント書115 1429-32)。

  9.ヨハンナ〔ルカ伝〕と「ヤコブの母マリヤ〔ルカ伝、マタイ伝〕同様、使徒達への使徒」と呼ばれたマクダラのマリヤ。というのも、神がイエスを死からよみがえらせた良き知らせを最初に使徒達に伝えたのは彼女だったからである。それによってイエスが全く神の人であった事実が確証された。

  初期クリスチャンの歴史家として、私は新約聖書内の指導的役割を担うこれら女性に関する記述は、g教育的h分野とg矯正的h分野のようなものから取られたテキストよりも、一般的にこれらのクリスチャンによって何が実際行われていたのかを示すより印象深い証拠であるという事を述べなければならない。というのも、g教育的hテキストは、決して満たされない夢を明瞭に表現するかもしれないし、g矯正的hテキストは記述的テキストに描かれた女性達の振る舞いを説明する事は出来ない。つまり、もしあなたが第一テモテ書2章のレンズを通して新約聖書を見るならば、あなたはプリスカ(プリスキラ)やフィーベやユニアスを決して見ることは出来ない。それは、第一コリント書1434-35同様このテキストが、一般的「新約聖書の行為」を指し示すものというよりも、むしろまれにみる、又特定な勧告として見なされなければならないということを証明している[6]

 

霊的に成熟する

 

  このように、証拠が私に結論をもたらした。一世紀におけるクリスチャンの集会において、クリスチャンは指導的役割を担っている人物の性別という点に関心を持ったというよりも、誰が霊的に成熟して、それゆえに、人を導くのに有能かという点により大きな関心を持つように励まされていた。パウロは明らかに御霊の実である愛、喜び、平和、忍耐、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制(ガラテヤ書522)が、皆クリスチャンである男性と女性の中で成長することを確信していた。そして、第一コリント書12-14章や、使徒職の一時性(ユニアスを見よ)を含むローマ書12章にある当面の問題に限る慣習の中で、パウロが上げた御霊の実は、何も男性クリスチャンだけに限定されたものではなかった。パウロは、「各自が御霊の現れを賜わっているのは、全体の益になるためである」(第一コリント書127)と断言している。これは全て、クリスチャンがローマ帝国文化に対する文化的反動を展開していたことを意味していた。ローマ帝国文化は男性優位、女性をごまかし、そして増大する暴力におぼれることを奨励する男性に独占された役割によって特徴付けられた。

  実に、私にとっても、g記述的hテキストに紹介されている女性の指導力の重要証拠に対して私の思考と心を開いてくれた大きな要因の一つは、イエスとパウロが両者とも彼らの伝統、家長の特権を断念するよう、又彼らの生活を再思案し、イエスご自身の自己犠牲的モデルに従って自らの振る舞いを修正していくよう、男性にチャレンジを与えているという事に少しずつ気づいた点がある。この見識の重みは全て、最終的に私が理解するクリスチャン男性と女性の関係における模範的変化と呼ばれるものに落ち着いた。例えば、私に明確になったのは、典型的な男性のあり方で指導している男性の側に、何らかの形でただ指導的役割を女性のために作ることは、教育的テキストに対しても記述的テキストに対しても、あるいは仕える事によって導くよう弟子たちを召されたイエスに対しても適切な反応にはならないであろう(そして今やならない)という事である。ここでマルコ伝1035-45は、指導力と権威の使い方について、私自身を決定的に悔い改めへと導いた。この個所は、イエスが誰であるか、彼に従うものがどのようにして従わなければならないかをマルコが理解するための核心部分である。それは彼らに与えられた権利を自分のために用いるのではなく、他者のために用いることである。

  この精神において、互いを重んじることにおいては互いにまさるように(ローマ書129)、又イエスを特徴付ける自分を捧げるという同じ考え方によって互いに養うように、パウロは読者に勧める。聖霊に満たされた者は、「キリストに対する恐れの心をもって」(エペソ書518,21)、互いに謙りながら自然にクリスチャンへと導かれる。故に、私に明確になったのは、特に夫にとって、これはキリストの愛と自己犠牲に見習う振る舞いを持って妻に接することを含むということである。エペソ書5章の有名な個所は、もともとは男性が「管理するように」定められている時に直面する思想を補うよう意図されていたのではなく、むしろクリスチャンの夫にイエスがその権威をお用いになったように用いるよう勧める事によって、伝統、家長的支配を衰えさせるよう意図されているのだということを私は確信するに至った[7]

 

他の見解と結論

 

  この模範的変化は、私にとって重要となる他の見解や結論に対して私の目を開いてくれた。スペースの関係上、その2,3しか言及できない。

  1.パウロによって教えられたクリスチャン男性と女性の第一義的関係は、婚姻関係の配偶者であろうが教会の仲間であろうが、「主にある兄弟姉妹」であるということである。この人間関係についての見識は、マルコ伝335の「そして、自分をとりかこんで、すわっている人々を見まわして、言われた、『ごらんなさい、ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである』」(マルコ伝1029-31 ルカ伝1127-28を見よ)に保たれているような史的イエスの口伝に起源を持つ。

  2.パウロは「兄弟姉妹」という表現を、性描写でない形でクリスチャン男女の第一義的関係を定義するために用いている(性の徳を否定しない場合については第一コリント書73-5 112-12を見よ)。「兄弟」「姉妹」のように、クリスチャンはもはや伝統的男性への期待によっては定義されなかった。具体的に言うと、これは女性の気品がもはや妻がその夫の名誉の中に留まる事から、あるいは、子供(男の子が望まれた)を産んで育てる事から引き起こされるのではなくて、むしろまず最初に彼女の神様に対する関係の中から見出されるべきであり、彼女の賜物(cari,smata)が神の共同体を建て上げる(oivkodome,w)という目的で用いられる点から引き出されるべきであるということを意味する(第一コリント書12-14章を見よ)。そして、それが意味するのは、男性の品位は彼の結婚して父親になることの中に見出されるべきではなく、同じように彼が家長的家族に代わるものとして、教会の「兄弟姉妹」という特徴を強めるために、自分の賜物を用いる中に見出されるべきだということを意味する。

  このキリストの内に「男も女もない」という主張が世界的支流を持ち、ありふれたことであるかどうかについて、これ以上疑問を持つことが出来ようか。ほとんどのクリスチャンが少しづつ強情な支配的家長文化に降参したにも関わらず、生命力の正真の回復や第一世代のクリスチャンの魂を癒す特質が、ナザレのイエスとその大使であったタルソのパウロの反家長、中性、そして徹底的に包括的価値観と実践を特徴付ける。そして、全クリスチャンが私達の時代のプリスキラ、フィーベ、そしてユニアスを喜び、彼女達のような娘や姪を持つよう祈るであろう。

 

S.スコッチ・バーチィは、UCLAの歴史学部でクリスチャン起源、及び初期キリスト教史を研究し教えている。

 

話し合いのための質問

 

1.著者が女性を扱った新約聖書個所のタイプを区別するために使っている3つの分類は何か? 各分野をどのように定義するか?

 

2.なぜ著者はg記述的hテキストを、初代教会で女性が行なっていた事を示すg教育的hテキストやg矯正的hテキストよりも、より注目すべき描写だと見ているのか? あなたは賛同するか? なぜ賛同するのか、しないのか?

 

3.あなたはパウロが教会のために家長的家族をモデルとすることに反して、「兄弟姉妹」という家族モデルを勧めていると主張する著者に賛成するか? この変化に見られる意味は何か? どちらのモデルがあなたの教会体験に一番似ているか?

 

4.著者は明らかに1世紀の教会における女性の役割に関する自分の立場が、長い学びと祈りと時に挫折を経験してきた結果であると指摘している。著者は彼の立場が「現代の女性解放精神へ降参した」ものを現さないと主張している。著者の個人的体験はあなたに何を教えているか? あなたの性別に関する歩みは著者の経験と似たものか、違っているか?



[1] スコット・バーチィのMALLON CHRESAI: First-Century Slavery and the Interpretation of 1 Corinthians 7:21 (Atlanta: Scholars Press, 1973; reprint 1985)を見よ。

[2] Letha D. Scanzoni and Nancy A. Hardesty, All Wefre Meant to Be: Biblical Feminism for Today, 3d ed. (Grand Rapids: Eerdmans, 1992)を見よ。

[3] S. Scott Bartchy, gPower, Submission, and Sexual Indentity among the Early Christians,h in Essays on New Testament Christianity: a Festschrift in Honor of Dean E. Walker, ed. C. Robert Wetzel (Cincinnati: Standard Publishing, 978) 50-80.後、ドイツ語とスペイン語翻訳が出版される。

[4] J. D. G. Dunn, Word Biblical Commentary 38B: Romans 9-16 (Dallas: Word Books, 1988) 886-90を見よ。ダンは、ユニアスが使徒と呼ばれていることからユニアスが男性名であるという12世紀以降の推定が、「初期キリスト教の特徴と構造に関して男性が仮定した著しい非難」であると認めている。

[5] Bernaldette Brooten, gJunia c Outstanding among the Apostles (Romans 16:7)h in Women Priests, eds. L. and A. Swidler (New York: Paulist, 1977) 141-144を見よ。Brooten教授は、18ヶ月をローマ帝国内のギリシャ名およびラテン名研究に費やし、ユニアスが女性のみに与えられた名前である事を見出した。

[6] 第一テモテ書2章の最も優れた小論文は、私にとっては David Scholer のg1 Timothy 2:9-15 & the Place of Women in the Churchfs Ministry,hin Women, Authority & the Bible, ed A. Mickelsen (Downers Grove: InterVarsity, 1986) 193-219.文脈を考慮に入れた第一テモテ書2章と第一コリント書14章の分析については、同じくBartchyのgPower, Submissionc,h68-74を見よ。

[7] 歴史的、且つ現代的文脈でなされたエペソ書5章の広範囲な分析については、S. Scott Bartchy, gIssues of Power and a Theology of the Family,h Mission Journal 21 (1987) 1:3-15, 2:3-11, 3:9-11を見よ。